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日本国民の皆さんへ、恐ろしいことが起きています。

文化破壊
12 /19 2023
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LGBT推進派の出版妨害により、

KADOKAWAが出版を断念した



「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」ですが







以下に↑の動画の内容を要約、文字にしました。



▼以下、引用



「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」の

著者アビゲイル・シュライアーさんは

トランスジェンダーの人たちを

否定するようなことは言っていない。



性転換手術を受けて取り返しのつかない、

後戻りのできない人生を

歩んでしまいかねない子供たちのことを心配して

シュライアーさんは、この本を書いた。



この本の表紙は、

絵で描かれた女の子の全身が写っているもので

その女の子の絵の

おなかの部分がぽっかりと穴があいている。

つまり、この本の表紙は、

性転換手術で子宮等を切除され、

子供を産めなくなってしまう子供たちが

沢山つくり出されようとしている

ということを読者に訴えている。



そういう本の出版を

KADOKAWAのような日本の大手の出版社が

日本のフェミニストら

LGBT推進派の様々な妨害や恫喝によって

簡単に断念したことを

海外では「信じられない」と

非常に大きな驚きをもって受け止められている。



近年のアメリカは、

思春期の心の悩みを抱えた子供たちに対して



それは性別が男(女)なのに

女(男)だと思っているからではないのかと



学校の教師や社会が子供たちを誘導し、

性転換手術を勧めるような

異常な狂った事態になっている。




実際に自身が性転換手術を受けたものの、

その後に後悔し、

安易な性転換は絶対にしてはいけない

という

啓蒙活動を行っている女性の方がいて

その方が指摘・警告しているのは、



TIKTOKその他のSNSによって、

性転換することが

あたかもオシャレなことであるかのように

若者たちの間に伝染する傾向があるということ。



とりわけ

思春期の女の子たちは仲良しグループ内で

同じようなスタイルの服装や

同じ髪型にしたりすることが多々見受けられるように

グループの中の誰かが心の悩みを抱えた際に、

心の悩みを性転換で解決しよう

という方向に誘導されると

仲良しグループの全員が

そういう方向に流されてしまうようになる。

特に女の子の場合に

そういうトレンドが顕著に見られる。



ところが、

以上のような現実に関して解説する行為そのものが

LGBT推進派によって



「トランスジェンダーヘイト

(トランスジェンダーに対する差別)だ」



というレッテルを貼られ、

解説することさえ禁じられてしまうような状況に

今のアメリカ社会はなっている。



しかしながら子供たちを

そういう安易な性転換から守らなければならない

ということで本書



「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」



のような書籍が必要とされ、

その出版が期待されていたが、

以上のような不都合なことを知られたくない

LGBT推進派による言論弾圧、出版妨害によって

今回のような事件が起きた。



今回の事件は単に

KADOKAWAという出版社や

本書の著者に対する言論弾圧ではなく、

本書に書かれている情報を

知ることができなくされてしまった

日本社会や日本国民全体に対する言論弾圧だ。



「全体主義の言論空間」

(旧ソ連や北朝鮮のような抑圧された)

を作り出すには

多数の人間に見せしめのような形で

魔女狩り(今回の言論弾圧を指す)を行い

それを見ている多くの人々に対して

無言の圧力、脅迫を与え、

多くの人間が「おかしいと思ったこと」に関して

自ら発言する勇気を失う様な方向に持っていく。



ゆえに今回のLGBT推進派による

言論弾圧、出版妨害を

私たちは社会全体に対する犯罪だと考え

立ち向かわなければならない。



リベラル化(左傾化・唯物論・無神論化)し、

道徳や倫理が消滅しつつあるアメリカでは、

性転換手術を行う子供が増えると

医者や製薬会社が

非常に大きな利益を得ることができるということで

それらの頭のおかしなリベラルな連中が

子供たちの性転換を後押しするような

狂った社会になってしまっている。



また、

思春期の悩みを持つ子供たちに対するカウンセリングも

LGBT推進活動家のような連中がもぐり込み、

性転換手術に関する拙速な判断を留まらせるのではなく

性転換の方向に積極的に誘導するものになっている。

このような風潮が日本に広まることは

絶対に阻止しなければならない。



アメリカでベストセラーとなった本書



「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」は



日本での出版が宙に浮いた状況にあるが、



我那覇真子さんとジェイソン・モーガン氏の共著



「日本はアメリカの悲劇に学べ!

LGBTの語られざるリアル」




という書籍が

既に出版されている。



LGBT問題に関するアメリカの

活動家まがいのカウンセラーが

よく使う常套文句に



「死んだ娘と生きた息子のどちらがいいですか?」



というものがある。



これは、

ある日突然



「私は男なんじゃないか」と言い出した娘さんの



(それ以前に娘さんは

LGBT活動家まがいのカウンセラーに

性転換をするように洗脳されている)



ご両親に対する



「性転換を許可して

娘さんを男にしてあげなければ

娘さんは自殺してしまいますよ」



という



二者択一の脅迫文句として使われる。



我那覇真子さんの著書

「日本はアメリカの悲劇に学べ!

LGBTの語られざるリアル」
の中で

(我那覇さんが)取材した

被害者家族に以下のような事例がある。







学校が自分の娘に送ってくるメールの中に

娘のことをSHEではなくHEとしていたり、

娘なのに学校が男の名前で

娘を呼んでいる

というような内容のものがあり、

「いったい何事か?」と学校に抗議すると

逆に、抗議をすること自体が娘さんに対する虐待だ

(男になりたいという娘さんの権利を奪う)

と学校に言われ、

児童相談所や警察が自宅にやってきて

親権を危うく取り上げられそうになった。







これはもはや正気の世界ではなく、

旧ソ連の恐ろしい抑圧の全体主義体制を風刺した

ジョージ・オーウェルの

「1984年」という小説に近い状態に

アメリカは既になっているし、

日本も着々とそこに近づきつつある。



(英国の著名な作家ジョージ・オーウェルは

一九三六年に始まったスペイン内戦に

共産側の兵士として参加、

その際、同志であるスターリン直属の

共産軍兵士の言葉が

「戦争」を「平和」、

「奴隷的従属」を「自由」とするなど

言葉が転倒していることに気づき

衝撃を受けました。

共産主義の狂気を世界中の人々に

知らしめなければならないと考えた

オーウェルはこの転倒語法を

ニュースピークスと名付け

旧ソ連の恐ろしい抑圧の全体主義体制を風刺した

名著「1984年」を書きます。

共産革命というものは

今現在の資本主義社会に生きている

我々の価値観を完全に真逆に

ひっくり返すものです。

共産社会では

我々の「正義」は「悪」となります。

かつて

財産を持たない労働者を

救世主と位置づけ、

その人たちを革命の先兵として駆り立て

私有財産を持つ人たちを打倒、

皆殺しにする革命を企てた

共産主義者つまり左翼は、

ベトナム戦争の前後を境に

一般的な先進国では

財産を持たない労働者VS私有財産を持つ人たち

という対立の構図での革命は難しいと考え

新しい対立の構図を考えました。

その一つが

性的少数者VS性的健常者という構図

(LGBT対一般国民)です。

他には

女 VS 男

民族的マイノリティVS民族的マジョリティ

【我が国ではコリア系VS日本人】等です。

日本を含め近年の全世界中の国々で

上記のような革命の構図が

一般の人間が気づかないうちに

社会を背後で動かしています。

日本国民の皆さん気づいてください。)




▲以上、動画の内容要約

+当ブログの補足




このブログを投稿後、

↓のページを見つけました。




https://note.com/yousayblah/n/nbeb0fe5dca12



↑のページは完結に分かりやすく

アビゲイル・シュライアーさんと

その著書

「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」が

今のアメリカ社会で

どういう立場に置かれているかを

解説してくれています。

是非みなさん

アビゲイル・シュライアーで

ネット検索してみてください。

私がご紹介した↓のページと




https://note.com/yousayblah/n/nbeb0fe5dca12



全く逆の立場、つまり



「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」は

トランスジェンダーに対する悪意に満ちた

絶対に許せない悪書だ。




と考え、攻撃する人たちの主張が

非常に多く目につきます。

是非みなさん、




「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」



という書籍を評価し、

必要だと考える我々の主張と

これを攻撃し出版妨害している人たちの主張を比較し

どちらが正常なのかを

皆さんで考えてみてください。




我那覇真子さんは自著

「LGBTに語られざるリアル(ビジネス社)」

前書きの中で、







海外を取材して回ることが多い私ですが、

文化や歴史が異なる様々な国で

今LGBT運動が一斉に

繰り広げられているのがよく分かります

この運動は決して単なる性別の問題ではありません。

あらゆる社会運動に共通していることですが、

弱者と呼ばれる人々を利用した社会の分断、

言論検閲のための運動、

つまり文化革命そのものなのです。



中略



LGBTイデオロギーの悪質さは

苦しむ当事者を

社会破壊の道具として

利用するところにあると言えます。







以上のように書いていますが、

考えてみれば

タレントのりゅうちぇるさんも

LGBTイデオロギーによって

広告塔に利用され

自ら命を絶ちました。

日本国民の皆さん、

LGBT運動やジェンダー平等運動の背後にある

邪悪なイデオロギーの存在を

一人でも多くの日本人に知らしめるために

情報拡散のご協力をお願いします。

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「あの子もトランスジェンダーになった『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」

文化破壊
12 /10 2023
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山口敬之さんと佐波優子さんの動画↑の

当該部分を要約しました↓。







今現在、アメリカでは、

過度のマイノリティー擁護に対する反動が

全米で起きているものの、



(マイノリティーとは性的少数者や

白人種以外の人種その他を指す。)



LGBT思想がアメリカ社会に蔓延し、

子供たちに、



「あなたは

男(女)として生まれてきたけれども、

女(男)の子(になりたかったら)

それでもいいんですよ。」




という教育をした結果、



安易に性転換手術をしてしまう子供たちが激増、

ところが、性転換後に

「やっぱりやらなければよかった」と後悔し、

自殺する子供たちが大量に出ている。



このようなアメリカで今起きている恐ろしい事象に関して

当事者の家族等に対する詳細な取材を行いレポートした

本書



「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」




日本の出版社KADOKAWAが

翻訳、出版しようとしたところ、



岸田文雄(増税メガネ)が強行に成立させた



「トランスジェンダー、性自認に関する差別はいけないんだ」



というLGBT法を推進していた勢力が

KADOKAWAに対して

徹底した圧力、出版妨害を行い、

言論弾圧することによって、



「トランスジェンダーを広める思想の危険性」



日本国民が知る権利を奪った。



出版の自由は日本国憲法で保障されている権利だ。



その日本国憲法で保障されている出版の自由を

トランスジェンダー、LGBT推進派は

暴力的に弾圧し、出版中止に追い込んだ。

トランスジェンダー、LGBT推進派は民主主義の敵だ。

日本の言論空間は

頭のおかしな左翼の弾圧によって

恐ろしい状況になっている。

大手メディアはLGBT思想を広めることが

世の中に

どれほど恐ろしい事象を巻き起こすか

全く報道しない

それどころか意図的に隠ぺいしている。







LGBT思想の流布というものも

頭のおかしな左翼の革命戦術のひとつです。

宝塚歌劇団の

いじめ自殺事件↓も

宝塚音楽学校を救うために

今回の

「あの子もトランスジェンダーになった

『SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』」


という本の出版妨害、言論弾圧も全て

左翼というキーワードでつながっています。



左翼の革命が意味するのは

今の世の中を、

今の国家体制を

あらゆる意味で完全に

逆さまにひっくり返すことです。



左翼の革命では、

(正常な人間にとっての)

善が悪になり、

悪が善になります。




「左翼革命勃発時においては

革命に積極的に協力しない人間は

家畜のように無差別大量に殺されるのが当たり前

それのどこがいけないの?」




これ↑が

人命尊重、反戦平和、環境保護をスローガンとする

左翼の常識的感覚です。




日本国民の皆さん

日本社会のあらゆるところに

広範に繁殖してしまっている

頭のおかしな左翼の危険性に気づいてください。

そしてそういう連中と戦うために声を挙げましょう。




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宝塚音楽学校を救うために

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12 /03 2023
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↑宝塚音楽学校出身の皆さんの心の絆に感動↑



(「フランス革命の代償」

ルネ・セディヨ著から以下引用)








「ヴァンデはもはや存在しない。



(注・ヴァンデはフランス西部地方四県にまたがる地域。)



女子供もろとも、

われわれ(フランス革命軍)の

自由の剣のもとに死んだのだ。

私は彼らをサヴネの沼に葬った。

子供たちを馬で踏みつぶし、

女たちを虐殺したから、

夜盗が生まれることもない、

囚人を一人でも残したと

咎められるようなことはしていない。

すべて処分した。



(ヴァンデにおける

反革命派の犠牲者数は

三十~四十万人と言われる)



・・・・道という道は死体で埋まっている。

死体が多すぎるので、

何カ所かではピラミッドのように

積み上げねばならなかった。」

フランソワ・ウェステルマン将軍は、

自らの武勲について、こう報告している。

彼(ウェステルマン将軍)の行為は

国民公会(ロベスピエールら)の指示に沿ったものであり、

公会は一七九三年八月二日の布告により、

当該地方全体を組織的に破壊し、

収穫物を含めすべてに火を放ち、

反乱者を殺戮するよう命じていた。







https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%81%AE%E5%8F%8D%E4%B9%B1



一七九四年一月二十一日以後、

国民公会(ロベスピエールら)は地獄部隊を組織し、

ヴァンデ地方で無差別な虐殺や放火を

それまで以上に激しく行った。




以下、エドマンド・バーク著

「フランス革命の省察」から引用







一七八九年十月六日の朝、

フランスの王(ルイ十六世)と

王妃(マリー・アントワネット様)は

数時間の休息を取っていた。

混乱と驚愕、狼狽と殺戮に満ちた一日の果て、

身の安全は保証しようという民衆の言葉を信じ、

憂うつな眠りについたのだ。

だが寝室を警護していた歩哨の声で、

まず王妃が目を醒ます。

「お逃げください!

お命が狙われています。

暴徒が乱入してきました。

もう防ぎようがありません」

――こう叫んだ直後、歩哨は死んだ。

あっという間に斬られたのである。

冷酷なゴロツキと殺し屋の一団が、

返り血をしたたらせながら寝室に乱入、

銃剣や短刀でベッドを繰り返し突き刺した。

間一髪、ほとんど裸で逃げだした王妃は、

暴徒の裏をかいて、

夫である王のもとに逃げ込む。

とはいえ彼の命も、

もはや風前の灯火であった。

やがて王と王妃、および幼い王子たちは、

世界でもっとも素晴らしい宮殿の一つから追い出される。

殺戮が続いたあげく、

宮殿は血の海と化しており、

ちぎれた手足や八つ裂きになった胴体が散乱している。

国王一家は、首都へと連行されることになる。

民衆による一方的な虐殺のしめくくりとして、

王の護衛を務めていた二人の紳士が犠牲者に選ばれる。

正義の処刑と称して、

この二人は公衆の面前で死刑台へと引き立てられ、

そのまま首を切られた。

凱旋更新の先陣を切ったのは、

彼らの頭を突き刺した槍であった。

行列はゆっくりと進んだ。

ルイ十六世とその家族は、

化け物のごとき野卑な女たちに取り囲まれた。

おぞましい罵声、金切り声、

狂ったような踊り、聞くに堪えない侮辱など、

地獄の沙汰もかくやという光景が展開された。

一二マイルの道のりを、えんえん六時間かけて進む間、

国王一家は死よりもひどい苦しみを味わった。

そして彼らは、

当の凱旋行進に加わった兵士たちによって、

パリの古い宮殿に押し込められ、

そこが王家の監獄となったのだ。







マリー・アントワネット王妃に

最後まで忠誠を貫いた

ランバル公爵夫人の最期↓








九月三日、ランバル公妃とトゥールゼル夫人は、

他の囚人たちと一緒に即席裁判を待つため

中庭に引きずり出された。

順番が来ると、

公妃は自由と平等への愛を宣誓し、

王と王妃及び君主制への憎悪を表明せよと要求された。

彼女は前半部分には同意したが、

後半部分の誓いを拒んだ。

すると彼女の裁判は

「連れていけ("emmenez madame")」

の言葉と共に終了となった。

実際の裁判では、

次のような足早な言葉のやり取りが交わされていた、



「氏名は?」

「マリー=テレーズ=ルイーズ、サヴォワ公女です」

「職業は?」

「王妃家政機関総監です」

「八月十日に計画された宮廷の陰謀について知っていることは?」

「八月十日にどんな陰謀があったのかは存じません。

私はそれについて何も知らないということだけは言えます」

「自由と平等、そして王と王妃への憎悪を誓え」

「前者については快く承知いたします。

しかし後者は誓えません。

心にもないことだからです。」

[このとき、

裁判に同席した義父パンティエーヴル公の家来が、

生き延びるために便宜的に誓いを立てるよう

囁き声で助言したが、

それでも公妃は加えて述べたという、]

「これ以上何も言うことはありません。

死が少し早く来ようが遅かろうが

私には何の違いにもなりません。

もうすでに自分の人生を

犠牲にしてしまっていますから。」

「マダムを自由にせよ」



公妃殺害の瞬間



公妃は殺害現場となった監獄中庭の出入口へ

二人の警護役に先導されて歩いて行った。

移動中、義父の家来たちが引き続き

公妃にさきほどの宣誓を受け入れるよう説得したが、

公妃にはその声が聞こえていないかのようだった。

扉が開いて中庭に

累々と重なる血まみれの死体の山を目にしたとき、

公妃は「何ておぞましい!」と叫び、

中へ戻ろうとしたが、

二人の警護役は彼女を中庭側へ押し返した。

義父の家来たちは群衆の中から

「お慈悲を!お慈悲を!」と叫んだが、

周囲からの

「パンティエーヴル公の下僕に扮した奴らに死を!」

の叫び声が群衆の中から上がるとすぐに押し黙った。

何年も経ってから裁判にかけられた殺害者の一人は、

「その白いドレスを着た小柄なご婦人」は、

しばらくのあいだ一人で呆然と立ち尽くしていたと証言している。

公妃は槍を持った男からの最初の一撃で頭を殴られ、

結った髪が肩に落ちかかったが、

髪の中に隠していた王妃からの手紙が衆目に晒された。

公妃は前頭部への二度目の殴打で出血し、

その直後に彼女を取り囲んだ群衆からの

刃物でのめった刺しを受けてすぐに絶命した。







(以上、ウィキペディア

ランバル公妃マリー・ルイーズから引用。)








「フランス革命とは

人間の文明社会が発展ではなく

その逆の野蛮への退行という大実験が

狂気をもって実行されたものである。

例えば、

無差別殺戮というテロリズムをもって

<徳性>の発露であり

<正義>の強調だと見るジャコバン党の教義は、

二十世紀に誕生した

<マルクス・レーニン主義(ソ連型共産主義)>の

原型であった。

この教義〔ジャコバン主義〕とは、

主として十八世紀の

<啓蒙思想家>の

その思想を起源としている。

すなわち

ルソーを代表として

ヴォルテール、ダランベール、ディドロたちの哲学こそ

フランス革命の

暴力/破壊/独裁の源泉であった。



(理想の人間像を

荒野の野獣【野生動物】に見出す、

あるいは

人間の本性に関する哲学的思惟を

野獣との比較を通じて追究した哲学者は、

人類史にルソーしかいない。

これがルソーの

『人間不平等起源論』の

核心でありすべてである。

あのヴォルテールですら



「いまだかつて人間を

けだものにみせようとして、

こんなに才知が用いられたことはありません。

あなたの著作を読むと、

ひとは四つ足で歩きたくなります。」



と素直な読後感を吐露している。

【ヴォルテールからルソーへの手紙】)




この意味で、ジャコバン主義は、

ジャコバン党のリーダーのロベスピエールと

このロベスピエールが熱烈に崇拝した

ルソーとを組み合わせて、

<ルソー・ロベスピエール主義>と呼ぶ方が

はるかにわかり易い。

ロベスピエールはまた、

<ルソーの血塗られた手>とも呼ばれた

教条的な<ルソー教徒>であった。

そして、

<マルクス・レーニン主義(ソ連型共産主義)>とは、

この

<ルソー・ロベスピエール主義(ジャコバン主義)>の

二番煎じの模倣であった。」

例えばレーニンは革命直後の一九一七年一二月に

チェーカー(KGBの前身)を創立して

法によらぬ

無制限の逮捕と

拷問と処刑の制度を実行したが、

これは単に革命の物理的な遂行を目的とするばかりか、

「新しい人民(共産主義的人間)」を

創造する目的のために

不可避かつ「正義」の手段と考えたためであった。

(『レーニン全集』第十巻、大月書店)。

ところが、フランス革命でも

同じくこれら二つの目的をもった

公安委員会などをつくっているから、

フランスこそ「チェーカー」の最初の発明者である。

ジャコバン党のロベスピエールや

サン=ジュスト(ロベスピエールの同志)らは

テロリストなのだが単なるテロリストではない。

彼らは、ルソーらの「啓蒙哲学」をもって

唯一の正しい教義であるとなし、

またすべてのフランス人が

それを認め信奉する時に

この「啓蒙哲学」が描く理想社会が生じる

との信念をもっていた。

しかも、彼らはこれをもって

みずからを真理の会得者

つまり「救世主」と狂信していたから、

そしてみずから同一の「信仰」を共有すべきだと

狂信していたから、

彼の立場を批判する者や、

無関心な者すべては、

相違する意見の持主などと

寛容をもって見なされず、

「真理」を冒涜する者と断定され

「犯罪者」とみなされた。

ロベスピエールらのなした

大量・無差別の殺人(テロ)行為は、

この「犯罪者」の一掃が目的であって、

彼にとっては生きた人間を「供犠」することによって

「真理」への責任を誠実に履行しているのであった。



(暴力と無法の信徒であり

大量殺戮の煽動家である

デムーランですら死の直前に、

「人間がかくも残忍に、

かくも不正になるとは、・・・・」

【一七九四年四月四日処刑】と嘆く

最悪の政治が、

フランス革命が理想だと追求した

その結果として創造されたのである。)








(以上、筑波大学名誉教授・中川八洋著

「正統の哲学・異端の思想」(徳間書店)から引用)




池田理代子さん原作の少女漫画「ベルサイユのばら」は、

主人公オスカルが物語の終盤で

革命側に転向する等

フランス革命に対して好意的な描写をしていますが

これは共産主義や革命というものの

「邪悪さ」がまだ完全に暴かれる以前の

共産主義や革命というものに対する幻想が極めて強かった

当時の時代風潮から致し方ないことだとしても

宝塚歌劇団では二〇一八年に

生田大和という演出家の作で

なんと、

あの大量殺人鬼=元祖テロリスト

マクシミリアン・ロベスピエールを美化し

主人公とする

『ひかりふる路(みち) 〜革命家、

マクシミリアン・ロベスピエール〜』

という作品を公演しています。

「ひかりふる路(みち)」という題名そのものも

あの連合赤軍のリンチ大量殺人鬼を題材にした

立松和平の小説

「光の雨」からパクったものだと

容易に想像がつきます。



(フランス革命をどう評価するかで

その人物の人間性を知ることができます。



フランス革命とは二十世紀に誕生した

旧ソ連、共産中国、共産北朝鮮、共産カンボジア

その他の狂った全体主義国家

狂った共産主義国家を生んだ母体であり、



【共産主義黒書によると

共産主義独裁体制によって殺害された人間の数は

全世界で二〇〇〇〇〇〇〇〇人を超える。

共産主義黒書〈ソ連篇〉ちくま学芸文庫

共産主義黒書〈アジア篇〉ちくま学芸文庫



フランス革命こそが

狂った全体主義独裁体制の起源です。



【だからこそ

日本のマスコミ業界の中枢を

完全に占拠している左翼人

あるいは

舞台演劇の世界の左翼演劇人は、

無差別大量殺戮のフランス革命を

内心で神聖視します。

フランス革命を肯定的に語る人間を

絶対に信用しないでください。

そういう人間の根底にあるのは例外なく

無差別大量殺戮に対する

不気味なシンパシーだからです。

宝塚歌劇団における二〇一八年の

ロベスピエールを主役とする演目の公演は

今回の〔いじめ自死事件〕を暗示する

宝塚歌劇団・宝塚音楽学校にとっての

恐ろしい凶兆でした。

ロベスピエール、レーニン、

スターリン、毛沢東、ポル・ポト、

一人の例外もなく

独裁者による無差別大量殺人は

嫉妬と憎悪が

正義の仮面をかぶって現れる時に

実行されます。】




フランス革命においては

貴族や聖職者らが

人民裁判の名の下に

「ノコギリ、包丁、斧」などを手にした

多数の民衆に大量に虐殺され

殺害された遺体は

バラバラに切り刻まれるなどしましたが、

このような虐殺に対して

内心で恍惚とし、

「革命は素晴らしい」と酔い痴れる

頭のおかしな人間が今現在においても

政界、中央省庁の国家公務員、法曹界

マスコミ業界、芸能界その他を中心に

日本には非常に数多く存在します。

ロベスピエールを美化した

生田大和という演出家は、

テロリズム【無差別殺戮】に

内心でシンパシーを感じる

そういう連中の一人だと見て

間違いないでしょうし、

パワハラで宝塚歌劇団を叩き出された

ポストモダン系アナーキスト

もしくは

ポストモダン系フェミニストの演出家

上田久美子を筆頭に

生田大和の同類のような

無差別大量殺人に憧れる

血に飢えた狂った演出家は相当数、

宝塚に潜り込んでいるようです。



天真爛漫・天衣無縫で美しかった

王妃マリー・アントワネット様は

ツヴァイクの伝記にあるように

ギロチンで殺害される最後の瞬間まで

キチガイじみた民衆の脅迫や威嚇に対して

オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘らしく

威厳と優雅さを少しも失うことなく

フランス王妃として

毅然とした態度を貫きました。







十六年か十七年前のこと、

私はベルサイユで

フランス王妃のお姿を見る機会に恵まれた。

当時は王太子妃だったが、

まさに絶世の美しさで、

天使と見まがうばかりだった。

地平線のすぐ上、

一段高くなっているところに

妃殿下が歩を進めるや、

とたんに周囲が華やいだ。

明けの明星さながらに輝き、

みずみずしくも威厳と歓喜に満ちたお方!

それがこんな運命をたどるとは!

王妃の栄光と没落をかえりみて

何も感じない者は、

人の心を持たぬ者である。

フランスの男は勇気にあふれ、

名誉と品格を重んじたはず。

今回のような災難が妃殿下に降りかかるとは

想像もできなかった。

誰かが王妃に対して

侮蔑のまなざしを向けただけで、

無礼者とばかり、

皆がいっせいに剣を抜くものと思っていた。







上記は、

フランス革命の勃発と同時に

フランス革命を激越に批判し、

革命初期の段階で

独裁、無差別大量殺戮、全体主義化という

フランス革命の醜悪な行く末を正確に予測した

保守主義の祖である

英国の政治家エドマンド・バークの回想です。

これを見れば、

最後まで王妃様のそばに

オスカルを付き従わせて

狂った野獣と化した暴徒・民衆から

王妃様をお守りする闘いの中で







オスカルを

死なせてあげたかったと思うのは

私だけではないでしょう。

歴史の事実を見る限り

アニメ「ベルサイユのばら」の

オープニング曲

「薔薇は美しく散る」の歌詞のように

気高く咲いて、美しく散ったのは、

王妃マリー・アントワネット様であり、

王妃様に最後の最後まで忠誠を貫いた

ランバル公爵夫人でした。




宝塚歌劇団の作品では

『THE SCARLET PIMPERNEL

(スカーレット ピンパーネル)』

のように

フランス革命を批判的に描いたものもありますが、

宝塚歌劇団が近年あらゆる意味で

急激に左傾化していることは

間違いないようです。

そもそも宝塚歌劇団は

政治哲学の面で

極めて保守的な思想の持主である

阪急の創業者・小林一三先生が

「良妻賢母」の育成を兼ねて創設したものですが、

今の宝塚歌劇団には少なくとも表面上、

良妻賢母の面影はかけらもなく



(良妻賢母に相応しい卒業生の方々も

沢山おられるとは思いますが。)




完全に男女共同参画社会へ

まっしぐらという感じです。

今般、大きな騒ぎになっている

宝塚歌劇団生徒さんの痛ましい事件も

宝塚歌劇団の著しい左傾化が原因だと

当ブログは考えます。

たとえば

宝塚歌劇団のいじめ事件に関する

文春の記事の中に

↓のような記述があります。







前略



音楽記号の「フェルマータ」は、

本科生が壁を背にした予科生を

取り囲み罵倒する行為を指し、

「ドーナツ」は本科生が予科生を

三百六十度取り囲んで面罵する様を意味する。

元タカラジェンヌで公認心理師の東小雪氏が、

自らの体験を振り返って言う。

「私たちの頃は『シメ』『セレモニー』

と呼ばれる同様の”指導”がありました。

時には何十人もに囲まれ、

人格を否定するようなことを大声で言われる。

まさに罵詈雑言の集中砲火。



後略







↑の記述と

鈴木砂羽という女優が自身で演出を手がけた舞台で

他の舞台女優二人を土下座させるなどして

大騒ぎになった事件に関する↓の記事を

読み比べてみてください。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201709130000479.html



高橋克実という役者が

↓のような発言をしています。







また、パワハラ疑惑についても

「普通ですよ。

(演出家による舞台演劇の指導は)

人格否定から始まるからね。

本当に有名な俳優さんでも、

稽古場の隅で泣いてたりしますからね」

と語った。







蜷川幸雄という左翼の舞台演出家による

役者に対する罵倒や

灰皿投げつけは非常に有名で

しかも、

蜷川の蛮行は何故か

マスコミ業界や芸能界では

美談になっているようですが

女子レスリング栄和人コーチの指導に関し

伊調某という選手が

パワハラだ何だと難癖をつけた問題で

「相手がパワハラだと感じたらパワハラだ」とし

口を極めて栄和人さんを罵っていた高橋克実が

仲間の頭のおかしな左翼演劇人どもによる

人格否定の罵倒を



「パワハラではない、

演劇の世界では

人格否定の罵倒は普通だ」と



強弁しているのを見れば明らかなように

昔から舞台演劇の世界では

頭のおかしな左翼が幅を利かせ

左翼人特有の人格否定の罵倒を

「舞台演劇の演出には欠かせないものだ」と

わけのわからない理屈をこねてきたことは

多くの日本国民の知るところです。

今回の宝塚音楽学校生徒さんに対する

集団での罵倒に関する様々な報道を目や耳にして

私の頭に思い浮かんだのは

人を罵倒して自殺に追い込む

日教組や部落解放同盟(両者とも左翼)の手口でした。



音楽記号の「フェルマータ」は、

本科生が壁を背にした予科生を

取り囲み罵倒する行為を指し、

「ドーナツ」は本科生が予科生を

三百六十度取り囲んで面罵する様を意味する。




と週刊文春の記事にありましたが、



良妻賢母を育てることを目的としていた

今の宝塚音楽学校の下級生指導に

慈母の眼差しは

欠片も存在しないことが見て取れます。

いつから、誰によって、何のために

このような左翼的罵倒・虐待の手法が

下級生指導のシステムとして採用されたのか



(宝塚を卒業した歴代の先輩の方々に、

フェルマータやドーナツに類する行為が

「自分の時代はあった、なかった」

ということを

順番に証言してもらえば、

誰が、いつ、

そういう

左翼的で不気味な制度を始めたのか

一目瞭然にわかるはずです。)




それを明らかにすることが

清く正しく美しい本来の宝塚音楽学校に

立ち戻るための第一歩になると思います。


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大橋純子さんのシルエット・ロマンスが教えてくれるジェンダー平等思想の狂気

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大橋純子さん素晴らしい歌声と

沢山の名曲をありがとうございました。

大橋純子さんの御冥福をお祈り申しあげます。



大橋純子さんが歌う

シルエット・ロマンスの歌詞↓







恋する女は
夢見たがりの
いつも ヒロイン
つかの間の



鏡に向かって
アイペンシルの
色を並べて
迷うだけ



窓辺の憂い顔は
装う女心
茜色のシルエット



あぁ あなたに
恋心ぬすまれて
もっとロマンス
私に仕掛けてきて



あぁ あなたに
恋模様染められて
もっと ロマンス
ときめきを 止めないで



あなたのくちびる
首すじかすめ
私の声も
かすれてた



無意識にイヤリング
気づいたら はずしてた
重なりあう シルエット
シルエット



あぁ 抱きしめて
身動き出来ないほど
もっとロマンス
甘くだましてほしい



あぁ 抱きしめて
鼓動がひびくほどに
もっとロマンス
激しく感じさせて


あぁ あなたに
恋心ぬすまれて
もっとロマンス
私に仕掛けてきて



あぁ あなたに
恋模様染められて
もっとロマンス
ときめきを止めないで







大橋純子さんの大ヒット曲

シルエット・ロマンスを始め

昭和のラブソングの歌詞は

女性に特有の心理、

女心(おんなごころ)、

「女性の本能的な感性」のようなものを

明確に表現しているものが多いですが、

芸術や文化に対する人間の感動は、

そこに表現されている

「男らしさ」や「女らしさ」と

密接に結びついています。

近年の日本のTVドラマや映画

あるいは歌謡曲・流行歌が

衰退の一途をたどり、

日本人の多くが

それらを見なく、

聴かなくなりつつあるのは

「人間の自然な本性」であり、

「人間らしさ」

「文明」「文化」と同義語である

「男らしさ、女らしさ」と、

その美しさを

フェミニズムというカルト思想に基づき、

「ジェンダーバイアスを助長する云々」として

芸能の分野において

否定したことによる影響が

非常に大きいと言えます。



↓の、いしだあゆみさんの大ヒット曲



ブルーライトヨコハマの歌詞のサビの部分↓







歩いても 歩いても 小舟のように

私は揺れて 揺れて あなたの腕の中







これ↑もカルト思想ジェンダー平等思想から判断すると

明確に「女性特有の心理」「女らしさ」を

表現しているのでアウトです。

このようにカルト思想ジェンダー平等思想による検閲によって

大衆芸能は死にます、その結果が今の日本の歌謡曲の惨状です。



(「歌舞伎の女形」や

「宝塚歌劇団の男役」等を除いて

現実社会における

女性の男性化、男性の女性化は

「野蛮化、非文明化」

以外の何物でもありません。)




当ブログの過去記事↓で、

不気味で邪悪な慶応高校・森林貴彦とその仲間たち



「戦国や幕末に生きた日本人が魅力的であるのは

死と常に隣り合わせのような時代には

否応なく男が男らしく、女が女らしくなるからだ」




ということを書きましたが、



「男が男らしく、女が女らしい共同体」

というものは

外部からの侵略や攻撃に対して

非常に強靭です。




闘争の中で生き残る共同体というものは

適材適所の共同体ですが、

それ(適材適所)こそが、

まさに

頭のおかしなフェミニストどもが

敵視、憎悪し、

徹底的に破壊しようとしている

性別役割分担に他ならないからです。



頭のおかしなフェミニストがよく、



「男が主導する国、社会は戦争を起こす

女が国家・社会を主導すれば戦争は起きない」




というようなことを言いますが、



「女が国家・社会を主導すれば戦争は起きない」



のではなく、



「女が国家・社会を主導すれば

(本来、男が分担すべき分野で女がでしゃばれば)

戦争をしても負けるだけ」




「女が国家・社会を主導すれば

戦わなければ国が亡ぶ事態に

立ち至っても戦えない。

(というか

「戦うくらいなら

日本が亡べばいい」

というのが

日本のフェミニストの本音)」




というだけで、



しかも、



全世界が同時に

女が主導する国家・社会になるならまだしも

日本のすぐ隣の

狂った軍事独裁殺人鬼国家である

チャイナやノースコリアは

女が主導する国家・社会には

まったくなっておらず



(日本の頭のおかしなフェミニストどもは

ノースコリアの「喜ばせ組」をどう考えているのか

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%9C%E3%81%B3%E7%B5%84

是非とも知りたいものです。

恐らく

日本の頭のおかしなフェミニストどもは、

極左思想の塊のような連中なので、

共産主義独裁殺人鬼国家による

女性の奴隷化に対しては

何だかんだと屁理屈をこねて

擁護・容認するのでしょう。

本当に気持ち悪い連中ですね。)




未だに隙あらば他国を侵略し、

他国の人間を殺戮しつくす気まんまんで

そもそも日本が過去の時代に

女が主導する国家・社会であったなら

今頃は、

日本という国そのものが存在していないわけで、

要するに、

日本の頭おかしなフェミニストどもの本心は



「日本の男が男らしさを失い、

日本の女が女らしさを失えば

日本は国家共同体として、

どうしようもなく弱体化し、

チャイナやノースコリアによって

侵略され放題になるので万々歳」




だということにすぎません。



日本の過激フェミニストどもの

国籍や帰化の有無を調べてみれば

この連中の多くが半島からやってきた

「渡来人、帰化人の末裔」であることが

明らかになるでしょう。




日本国民が一刻も早く

「ジェンダー平等思想の狂気」に気づき

正気を取り戻し、

明治、大正、昭和の頃の

男が男らしく、女が女らしい

外部からの侵略に対して強靭な

国家・社会・共同体に

日本が立ち戻ることができるように

一人一人の日本国民が心がけていきたいものです。


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森林貴彦は極左プロ市民そのもの

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渡辺惣樹先生による保守と左翼の解説動画↓

(是非、最後までご覧ください。

今、世界がどういう状況にあるかわかります。)




不気味で邪悪な慶応高校・森林貴彦とその仲間たち

慶応高校監督=森林貴彦の犯罪を告発する

◆↑から続いています。



↑の動画の冒頭部分の要約が↓です。







左翼と保守の違いを簡単に言うと、

他者の考え、先人の残した知恵を

聞こうとする態度をとるのが保守、

他者の声を聞かず、自らが考える

より良き世界の実現にひた走るのが左翼。

左翼の源流はフランス革命、

革命家たちは自分の頭の中で考え抜いた、

あるべき社会を理想とする。

彼らには頭の中でつくり上げた

理想社会の設計図がある。

左翼は、

先人のつくり上げた社会を

アンシャンレジーム、

つまり

カビの生えた旧体制であると軽蔑。

そのような態度ゆえに、

先人の知恵に耳を傾けるはずもない。

左翼のこのような態度を設計主義という。

社会の前衛である賢明な我々(左翼)は、

より良き社会創造の設計図を持っている。

愚かな大衆は黙って我々の言う通り行動すればよい

と考える。

一方の保守は、

人間の頭脳では

複雑な人間社会を完璧に治めるための

設計図など作れるはずがない、と考える。

ゆえに先人たちの残した知恵を借りながら

ゆっくりとした社会改革を目指す。

フランス革命を厳しく批判した

保守主義の祖である

イギリスの政治家エドマンド・バークは

その著書「フランス革命の省察」の中で、



「革新(革命)に憧れる精神とは、

たいがい身勝手で近視眼的なものである。

おのれの祖先を振り返ろうとしない者が、

子孫のことまで考えに入れるはずがない」



と指摘する。



保守主義の祖エドマンド・バークの

「フランス革命の省察」を読めば、

左翼設計主義者の

幼稚さと乱暴さがよく理解できる。







左翼の愚かさに関する

エドマンド・バークの上記の指摘は

慶応高校野球部監督・森林貴彦の人物像に

そのまま当てはまります。

前回のブログ記事で引用したように、

スポーツグラフィックナンバー関係者とグルになり

高校野球の革命家を気取る

森林貴彦は↓のように







高校野球には

大人が作り出した強い固定観念があります。

全力疾走、汗、涙……。

それらを良識ある大人であるはずの

関係者やメディア、ファンが求め、

高校生が自由な意思で身動きをとれない状況は

おかしいと言わざるを得ません。








高校野球における全力疾走というものを

「大人が勝手に高校球児たちに

押し付けている固定観念だ」

と主張しています。



しかし、大谷翔平選手の恩師である

花巻東高校の佐々木洋監督の全力疾走に関する

↓のような教えを待つまでもなく、



「ベンチ入りした20名は

ベンチに入れなかった仲間たちの分まで

全力プレーする『義務』がある。

ベンチ入りができても打席に立てない仲間もいる。

だからグラウンドに立った者には

全力で走り抜ける『義務』がある。

『義務』と『権利』。その言葉を忘れるな」




全力疾走とは希望の象徴そのもので、

希望があるから

全力疾走するのではなく

全力疾走するから希望が生まれます。

全力疾走するのは可能性を信じている証拠で

全力疾走を怠るのは始めから諦めているからです。



「全力を尽くすところに希望が生まれる」

ということこそ

教育者として日本の若者に伝えるべき

最も大切なことなのに、

全力疾走を

「高校球児たちに対する大人の勝手な押し付け」

と決めつけ

さらには

「高校野球には

感動もヒーローも

ドラマもいらない」


とうそぶく森林貴彦は、

「自分の頭で考えること」ではなく

純粋な日本の若者たちに

「ニヒリズム(虚無主義)と計算高さ」を

刷り込んでいるだけです。

まさにバークの指摘通り、



「革新(革命)に憧れる森林貴彦の精神とは、

身勝手で近視眼的なもので、

我が国の先人の皆様方が継承してきた

全力疾走や

丸刈り文化を始めとする

高校野球の伝統や慣習を

思考停止と短絡的に断定し、

それらを破壊することに狂奔し

おのれの祖先を振り返ろうとしない者が、

子孫(日本の高校球児たち)の

ことまで真剣に考えに入れるはずがない」




のです。



高校野球の監督という職業の方々には

一種独特の同じような匂い、

風格を感じるものですが

森林貴彦の場合、

その風貌や顔つきに関して

高校野球の監督というよりも

極左の労働組合員

あるいは

沖縄の米軍基地反対運動で暴れている

極左のプロ市民というほうが

しっくりくる

という

私の第一印象は正しかったようです。




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多聞兵衛