小さな巨人・田中史朗は現代に蘇ったカミカゼ

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先の大東亜戦争中

アメリカの空母バンカーヒルに体当たりし、散華された↓



英霊・神風特別攻撃隊員・小川清海軍大尉の最後のお便りを

以下にご紹介させて頂きます。




最後の便り 海軍中尉 小川清

父母上様

お父さんお母さん。

清も立派な特別攻撃隊員として

出撃することになりました。

思えば二十有余年の間、

父母のお手の中に育った事を考えると、

感謝の念で一杯です。

全く自分程幸福な生活をすごした者は他に無いと信じ、

この御恩を君(天皇陛下)と父に返す覚悟です。

あの悠々たる白雲の間を越えて、

坦々たる気持で私は出撃して征きます。

生と死と何れの考えも浮びません。

人は一度は死するもの、

悠久の大義に生きる光栄の日は今を残してありません。

父母上様もこの私の為に喜んで下さい。

殊に母上様には御健康に注意なされお暮し下さる様、

なお又、皆々様の御繁栄を祈ります。

清は靖国神社に居ると共に、

何時も何時も父母上様の周囲で

幸福を祈りつつ暮しております。

清は微笑んで征きます。

出撃の日も、そして永遠に。




ラグビーファンの方なら

ご存じの方もおられると思いますが、

昨年のラグビーW杯イングランド大会で

優勝候補の南アフリカ共和国を破るなど大活躍した

ラグビー日本代表のスクラムハーフ田中史朗選手は

↓の動画にあるように、




大会前、妻の智美さんに、

「(W杯で)自分が死んだら

新しい いい人を見つけてほしい」


という言葉を伝えていました。

ラグビーに限らず、

昔から日本のスポーツでは、

特に国と国との大切な試合の前や試合中などに


「死ぬ気で戦おう」というような言葉が交わされてきた

ということを目や耳にしますが、

実際に、そういう覚悟で戦うというのは

本当に難しいことで

多くの場合、

言葉だけで終わってしまっていて

(本当に死ぬ気で戦ってくれていた選手には御免なさい。)

田中史朗選手ほどの覚悟を持って

試合に臨んでいた選手は

決して多くないのではないでしょうか?


田中史朗選手の試合を

よく見ている人ならわかると思いますが、

田中選手は非常に体が小さいにもかかわらず

試合中は常に

フリーな状態の味方選手にパスを渡すため

ディフェンスに来る敵の選手の意識を

できる限り

ボールを持っている自分に引きつけようと

体の大きな敵のFW選手にかなり接近したところで

前に出ながらパスを出していきます。

その際、田中選手は

タックルに来る敵の選手を見ながらも

敵のディフェンスからフリーな味方選手に

パスを出すことを常に意識しているので

かなり無防備な体勢で

しかも、

時には死角(田中選手の見えていない角度)から

体重で100キロをゆうに超える

大きく屈強でスピードのある敵の選手に

思い切りタックルされることがあります。

そういうこともあって

田中史朗選手は切実に死を覚悟したのだと思われますが、




↑の動画にあるように

日本のために、日本ラグビーのために、

死を覚悟して戦う日本人
というものは

同じような心境に到達するものなのでしょうか?

田中史朗選手は、小川清大尉と全く同じように

「お父さん、お母さん自分を育ててくれてありがとう」

というメッセージをご両親に伝えています。

ラグビー日本代表が

昨年のW杯から帰国した際のチームの記者会見でも

田中史朗選手は

ご両親に対する感謝のメッセージを述べていましたが、

このような田中選手の言動や振舞いは

日本の全ての子供たちや若者たちに対しても

限りなく良い影響を与えてくれていると思います。


国内のラグビー人気がW杯直後の盛り上がりからすると

以前に逆戻りしてしまったような印象を受ける

近頃ですが、

田中史朗選手、心配しないで下さい、

今後も、折にふれて田中史朗選手を始め

ラグビー日本代表選手の皆さんが

日本の子供たち、若者たちのお手本になるような

言動や振舞いを公(おおやけ)の場で続けて行けば、

数十年後には想像を遥かにこえる収穫が

日本ラグビー界に、日本のスポーツ界に

日本の国全体にもたらされるはずです。

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