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宝塚音楽学校を救うために

文化破壊
12 /03 2023
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↑宝塚音楽学校出身の皆さんの心の絆に感動↑



(「フランス革命の代償」

ルネ・セディヨ著から以下引用)








「ヴァンデはもはや存在しない。



(注・ヴァンデはフランス西部地方四県にまたがる地域。)



女子供もろとも、

われわれ(フランス革命軍)の

自由の剣のもとに死んだのだ。

私は彼らをサヴネの沼に葬った。

子供たちを馬で踏みつぶし、

女たちを虐殺したから、

夜盗が生まれることもない、

囚人を一人でも残したと

咎められるようなことはしていない。

すべて処分した。



(ヴァンデにおける

反革命派の犠牲者数は

三十~四十万人と言われる)



・・・・道という道は死体で埋まっている。

死体が多すぎるので、

何カ所かではピラミッドのように

積み上げねばならなかった。」

フランソワ・ウェステルマン将軍は、

自らの武勲について、こう報告している。

彼(ウェステルマン将軍)の行為は

国民公会(ロベスピエールら)の指示に沿ったものであり、

公会は一七九三年八月二日の布告により、

当該地方全体を組織的に破壊し、

収穫物を含めすべてに火を放ち、

反乱者を殺戮するよう命じていた。







https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%87%E3%81%AE%E5%8F%8D%E4%B9%B1



一七九四年一月二十一日以後、

国民公会(ロベスピエールら)は地獄部隊を組織し、

ヴァンデ地方で無差別な虐殺や放火を

それまで以上に激しく行った。




以下、エドマンド・バーク著

「フランス革命の省察」から引用







一七八九年十月六日の朝、

フランスの王(ルイ十六世)と

王妃(マリー・アントワネット様)は

数時間の休息を取っていた。

混乱と驚愕、狼狽と殺戮に満ちた一日の果て、

身の安全は保証しようという民衆の言葉を信じ、

憂うつな眠りについたのだ。

だが寝室を警護していた歩哨の声で、

まず王妃が目を醒ます。

「お逃げください!

お命が狙われています。

暴徒が乱入してきました。

もう防ぎようがありません」

――こう叫んだ直後、歩哨は死んだ。

あっという間に斬られたのである。

冷酷なゴロツキと殺し屋の一団が、

返り血をしたたらせながら寝室に乱入、

銃剣や短刀でベッドを繰り返し突き刺した。

間一髪、ほとんど裸で逃げだした王妃は、

暴徒の裏をかいて、

夫である王のもとに逃げ込む。

とはいえ彼の命も、

もはや風前の灯火であった。

やがて王と王妃、および幼い王子たちは、

世界でもっとも素晴らしい宮殿の一つから追い出される。

殺戮が続いたあげく、

宮殿は血の海と化しており、

ちぎれた手足や八つ裂きになった胴体が散乱している。

国王一家は、首都へと連行されることになる。

民衆による一方的な虐殺のしめくくりとして、

王の護衛を務めていた二人の紳士が犠牲者に選ばれる。

正義の処刑と称して、

この二人は公衆の面前で死刑台へと引き立てられ、

そのまま首を切られた。

凱旋更新の先陣を切ったのは、

彼らの頭を突き刺した槍であった。

行列はゆっくりと進んだ。

ルイ十六世とその家族は、

化け物のごとき野卑な女たちに取り囲まれた。

おぞましい罵声、金切り声、

狂ったような踊り、聞くに堪えない侮辱など、

地獄の沙汰もかくやという光景が展開された。

一二マイルの道のりを、えんえん六時間かけて進む間、

国王一家は死よりもひどい苦しみを味わった。

そして彼らは、

当の凱旋行進に加わった兵士たちによって、

パリの古い宮殿に押し込められ、

そこが王家の監獄となったのだ。







マリー・アントワネット王妃に

最後まで忠誠を貫いた

ランバル公爵夫人の最期↓








九月三日、ランバル公妃とトゥールゼル夫人は、

他の囚人たちと一緒に即席裁判を待つため

中庭に引きずり出された。

順番が来ると、

公妃は自由と平等への愛を宣誓し、

王と王妃及び君主制への憎悪を表明せよと要求された。

彼女は前半部分には同意したが、

後半部分の誓いを拒んだ。

すると彼女の裁判は

「連れていけ("emmenez madame")」

の言葉と共に終了となった。

実際の裁判では、

次のような足早な言葉のやり取りが交わされていた、



「氏名は?」

「マリー=テレーズ=ルイーズ、サヴォワ公女です」

「職業は?」

「王妃家政機関総監です」

「八月十日に計画された宮廷の陰謀について知っていることは?」

「八月十日にどんな陰謀があったのかは存じません。

私はそれについて何も知らないということだけは言えます」

「自由と平等、そして王と王妃への憎悪を誓え」

「前者については快く承知いたします。

しかし後者は誓えません。

心にもないことだからです。」

[このとき、

裁判に同席した義父パンティエーヴル公の家来が、

生き延びるために便宜的に誓いを立てるよう

囁き声で助言したが、

それでも公妃は加えて述べたという、]

「これ以上何も言うことはありません。

死が少し早く来ようが遅かろうが

私には何の違いにもなりません。

もうすでに自分の人生を

犠牲にしてしまっていますから。」

「マダムを自由にせよ」



公妃殺害の瞬間



公妃は殺害現場となった監獄中庭の出入口へ

二人の警護役に先導されて歩いて行った。

移動中、義父の家来たちが引き続き

公妃にさきほどの宣誓を受け入れるよう説得したが、

公妃にはその声が聞こえていないかのようだった。

扉が開いて中庭に

累々と重なる血まみれの死体の山を目にしたとき、

公妃は「何ておぞましい!」と叫び、

中へ戻ろうとしたが、

二人の警護役は彼女を中庭側へ押し返した。

義父の家来たちは群衆の中から

「お慈悲を!お慈悲を!」と叫んだが、

周囲からの

「パンティエーヴル公の下僕に扮した奴らに死を!」

の叫び声が群衆の中から上がるとすぐに押し黙った。

何年も経ってから裁判にかけられた殺害者の一人は、

「その白いドレスを着た小柄なご婦人」は、

しばらくのあいだ一人で呆然と立ち尽くしていたと証言している。

公妃は槍を持った男からの最初の一撃で頭を殴られ、

結った髪が肩に落ちかかったが、

髪の中に隠していた王妃からの手紙が衆目に晒された。

公妃は前頭部への二度目の殴打で出血し、

その直後に彼女を取り囲んだ群衆からの

刃物でのめった刺しを受けてすぐに絶命した。







(以上、ウィキペディア

ランバル公妃マリー・ルイーズから引用。)








「フランス革命とは

人間の文明社会が発展ではなく

その逆の野蛮への退行という大実験が

狂気をもって実行されたものである。

例えば、

無差別殺戮というテロリズムをもって

<徳性>の発露であり

<正義>の強調だと見るジャコバン党の教義は、

二十世紀に誕生した

<マルクス・レーニン主義(ソ連型共産主義)>の

原型であった。

この教義〔ジャコバン主義〕とは、

主として十八世紀の

<啓蒙思想家>の

その思想を起源としている。

すなわち

ルソーを代表として

ヴォルテール、ダランベール、ディドロたちの哲学こそ

フランス革命の

暴力/破壊/独裁の源泉であった。



(理想の人間像を

荒野の野獣【野生動物】に見出す、

あるいは

人間の本性に関する哲学的思惟を

野獣との比較を通じて追究した哲学者は、

人類史にルソーしかいない。

これがルソーの

『人間不平等起源論』の

核心でありすべてである。

あのヴォルテールですら



「いまだかつて人間を

けだものにみせようとして、

こんなに才知が用いられたことはありません。

あなたの著作を読むと、

ひとは四つ足で歩きたくなります。」



と素直な読後感を吐露している。

【ヴォルテールからルソーへの手紙】)




この意味で、ジャコバン主義は、

ジャコバン党のリーダーのロベスピエールと

このロベスピエールが熱烈に崇拝した

ルソーとを組み合わせて、

<ルソー・ロベスピエール主義>と呼ぶ方が

はるかにわかり易い。

ロベスピエールはまた、

<ルソーの血塗られた手>とも呼ばれた

教条的な<ルソー教徒>であった。

そして、

<マルクス・レーニン主義(ソ連型共産主義)>とは、

この

<ルソー・ロベスピエール主義(ジャコバン主義)>の

二番煎じの模倣であった。」

例えばレーニンは革命直後の一九一七年一二月に

チェーカー(KGBの前身)を創立して

法によらぬ

無制限の逮捕と

拷問と処刑の制度を実行したが、

これは単に革命の物理的な遂行を目的とするばかりか、

「新しい人民(共産主義的人間)」を

創造する目的のために

不可避かつ「正義」の手段と考えたためであった。

(『レーニン全集』第十巻、大月書店)。

ところが、フランス革命でも

同じくこれら二つの目的をもった

公安委員会などをつくっているから、

フランスこそ「チェーカー」の最初の発明者である。

ジャコバン党のロベスピエールや

サン=ジュスト(ロベスピエールの同志)らは

テロリストなのだが単なるテロリストではない。

彼らは、ルソーらの「啓蒙哲学」をもって

唯一の正しい教義であるとなし、

またすべてのフランス人が

それを認め信奉する時に

この「啓蒙哲学」が描く理想社会が生じる

との信念をもっていた。

しかも、彼らはこれをもって

みずからを真理の会得者

つまり「救世主」と狂信していたから、

そしてみずから同一の「信仰」を共有すべきだと

狂信していたから、

彼の立場を批判する者や、

無関心な者すべては、

相違する意見の持主などと

寛容をもって見なされず、

「真理」を冒涜する者と断定され

「犯罪者」とみなされた。

ロベスピエールらのなした

大量・無差別の殺人(テロ)行為は、

この「犯罪者」の一掃が目的であって、

彼にとっては生きた人間を「供犠」することによって

「真理」への責任を誠実に履行しているのであった。



(暴力と無法の信徒であり

大量殺戮の煽動家である

デムーランですら死の直前に、

「人間がかくも残忍に、

かくも不正になるとは、・・・・」

【一七九四年四月四日処刑】と嘆く

最悪の政治が、

フランス革命が理想だと追求した

その結果として創造されたのである。)








(以上、筑波大学名誉教授・中川八洋著

「正統の哲学・異端の思想」(徳間書店)から引用)




池田理代子さん原作の少女漫画「ベルサイユのばら」は、

主人公オスカルが物語の終盤で

革命側に転向する等

フランス革命に対して好意的な描写をしていますが

これは共産主義や革命というものの

「邪悪さ」がまだ完全に暴かれる以前の

共産主義や革命というものに対する幻想が極めて強かった

当時の時代風潮から致し方ないことだとしても

宝塚歌劇団では二〇一八年に

生田大和という演出家の作で

なんと、

あの大量殺人鬼=元祖テロリスト

マクシミリアン・ロベスピエールを美化し

主人公とする

『ひかりふる路(みち) 〜革命家、

マクシミリアン・ロベスピエール〜』

という作品を公演しています。

「ひかりふる路(みち)」という題名そのものも

あの連合赤軍のリンチ大量殺人鬼を題材にした

立松和平の小説

「光の雨」からパクったものだと

容易に想像がつきます。



(フランス革命をどう評価するかで

その人物の人間性を知ることができます。



フランス革命とは二十世紀に誕生した

旧ソ連、共産中国、共産北朝鮮、共産カンボジア

その他の狂った全体主義国家

狂った共産主義国家を生んだ母体であり、



【共産主義黒書によると

共産主義独裁体制によって殺害された人間の数は

全世界で二〇〇〇〇〇〇〇〇人を超える。

共産主義黒書〈ソ連篇〉ちくま学芸文庫

共産主義黒書〈アジア篇〉ちくま学芸文庫



フランス革命こそが

狂った全体主義独裁体制の起源です。



【だからこそ

日本のマスコミ業界の中枢を

完全に占拠している左翼人

あるいは

舞台演劇の世界の左翼演劇人は、

無差別大量殺戮のフランス革命を

内心で神聖視します。

フランス革命を肯定的に語る人間を

絶対に信用しないでください。

そういう人間の根底にあるのは例外なく

無差別大量殺戮に対する

不気味なシンパシーだからです。

宝塚歌劇団における二〇一八年の

ロベスピエールを主役とする演目の公演は

今回の〔いじめ自死事件〕を暗示する

宝塚歌劇団・宝塚音楽学校にとっての

恐ろしい凶兆でした。

ロベスピエール、レーニン、

スターリン、毛沢東、ポル・ポト、

一人の例外もなく

独裁者による無差別大量殺人は

嫉妬と憎悪が

正義の仮面をかぶって現れる時に

実行されます。】




フランス革命においては

貴族や聖職者らが

人民裁判の名の下に

「ノコギリ、包丁、斧」などを手にした

多数の民衆に大量に虐殺され

殺害された遺体は

バラバラに切り刻まれるなどしましたが、

このような虐殺に対して

内心で恍惚とし、

「革命は素晴らしい」と酔い痴れる

頭のおかしな人間が今現在においても

政界、中央省庁の国家公務員、法曹界

マスコミ業界、芸能界その他を中心に

日本には非常に数多く存在します。

ロベスピエールを美化した

生田大和という演出家は、

テロリズム【無差別殺戮】に

内心でシンパシーを感じる

そういう連中の一人だと見て

間違いないでしょうし、

パワハラで宝塚歌劇団を叩き出された

ポストモダン系アナーキスト

もしくは

ポストモダン系フェミニストの演出家

上田久美子を筆頭に

生田大和の同類のような演出家は相当数、

宝塚に潜り込んでいるようです。



天真爛漫・天衣無縫で美しかった

王妃マリー・アントワネット様は

ツヴァイクの伝記にあるように

ギロチンで殺害される最後の瞬間まで

キチガイじみた民衆の脅迫や威嚇に対して

オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘らしく

威厳と優雅さを少しも失うことなく

フランス王妃として

毅然とした態度を貫きました。







十六年か十七年前のこと、

私はベルサイユで

フランス王妃のお姿を見る機会に恵まれた。

当時は王太子妃だったが、

まさに絶世の美しさで、

天使と見まがうばかりだった。

地平線のすぐ上、

一段高くなっているところに

妃殿下が歩を進めるや、

とたんに周囲が華やいだ。

明けの明星さながらに輝き、

みずみずしくも威厳と歓喜に満ちたお方!

それがこんな運命をたどるとは!

王妃の栄光と没落をかえりみて

何も感じない者は、

人の心を持たぬ者である。

フランスの男は勇気にあふれ、

名誉と品格を重んじたはず。

今回のような災難が妃殿下に降りかかるとは

想像もできなかった。

誰かが王妃に対して

侮蔑のまなざしを向けただけで、

無礼者とばかり、

皆がいっせいに剣を抜くものと思っていた。







上記は、

フランス革命の勃発と同時に

フランス革命を激越に批判し、

革命初期の段階で

独裁、無差別大量殺戮、全体主義化という

フランス革命の醜悪な行く末を正確に予測した

保守主義の祖である

英国の政治家エドマンド・バークの回想です。

これを見れば、

最後まで王妃様のそばに

オスカルを付き従わせて

狂った野獣と化した暴徒・民衆から

王妃様をお守りする闘いの中で







オスカルを

死なせてあげたかったと思うのは

私だけではないでしょう。

歴史の事実を見る限り

アニメ「ベルサイユのばら」の

オープニング曲

「薔薇は美しく散る」の歌詞のように

気高く咲いて、美しく散ったのは、

王妃マリー・アントワネット様であり、

王妃様に最後の最後まで忠誠を貫いた

ランバル公爵夫人でした。




宝塚歌劇団の作品では

『THE SCARLET PIMPERNEL

(スカーレット ピンパーネル)』

のように

フランス革命を批判的に描いたものもありますが、

宝塚歌劇団が近年あらゆる意味で

急激に左傾化していることは

間違いないようです。

そもそも宝塚歌劇団は

政治哲学の面で

極めて保守的な思想の持主である

阪急の創業者・小林一三先生が

「良妻賢母」の育成を兼ねて創設したものですが、

今の宝塚歌劇団には少なくとも表面上、

良妻賢母の面影はかけらもなく



(良妻賢母に相応しい卒業生の方々も

沢山おられるとは思いますが。)




完全に男女共同参画社会へ

まっしぐらという感じです。

今般、大きな騒ぎになっている

宝塚歌劇団生徒さんの痛ましい事件も

宝塚歌劇団の著しい左傾化が原因だと

当ブログは考えます。

たとえば

宝塚歌劇団のいじめ事件に関する

文春の記事の中に

↓のような記述があります。







前略



音楽記号の「フェルマータ」は、

本科生が壁を背にした予科生を

取り囲み罵倒する行為を指し、

「ドーナツ」は本科生が予科生を

三百六十度取り囲んで面罵する様を意味する。

元タカラジェンヌで公認心理師の東小雪氏が、

自らの体験を振り返って言う。

「私たちの頃は『シメ』『セレモニー』

と呼ばれる同様の”指導”がありました。

時には何十人もに囲まれ、

人格を否定するようなことを大声で言われる。

まさに罵詈雑言の集中砲火。



後略







↑の記述と

鈴木砂羽という女優が自身で演出を手がけた舞台で

他の舞台女優二人を土下座させるなどして

大騒ぎになった事件に関する↓の記事を

読み比べてみてください。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201709130000479.html



高橋克実という役者が

↓のような発言をしています。







また、パワハラ疑惑についても

「普通ですよ。

(演出家による舞台演劇の指導は)

人格否定から始まるからね。

本当に有名な俳優さんでも、

稽古場の隅で泣いてたりしますからね」

と語った。







蜷川幸雄という左翼の舞台演出家による

役者に対する罵倒や

灰皿投げつけは非常に有名で

しかも、

蜷川の蛮行は何故か

マスコミ業界や芸能界では

美談になっているようですが

女子レスリング栄和人コーチの指導に関し

伊調某という選手が

パワハラだ何だと難癖をつけた問題で

「相手がパワハラだと感じたらパワハラだ」とし

口を極めて栄和人さんを罵っていた高橋克実が

仲間の頭のおかしな左翼演劇人どもによる

人格否定の罵倒を



「パワハラではない、

演劇の世界では

人格否定の罵倒は普通だ」と



強弁しているのを見れば明らかなように

昔から舞台演劇の世界では

頭のおかしな左翼が幅を利かせ

左翼人特有の人格否定の罵倒を

「舞台演劇の演出には欠かせないものだ」と

わけのわからない理屈をこねてきたことは

多くの日本国民の知るところです。

今回の宝塚音楽学校生徒さんに対する

集団での罵倒に関する様々な報道を目や耳にして

私の頭に思い浮かんだのは

人を罵倒して自殺に追い込む

日教組や部落解放同盟(両者とも左翼)の手口でした。



音楽記号の「フェルマータ」は、

本科生が壁を背にした予科生を

取り囲み罵倒する行為を指し、

「ドーナツ」は本科生が予科生を

三百六十度取り囲んで面罵する様を意味する。




と週刊文春の記事にありましたが、



良妻賢母を育てることを目的としていた

今の宝塚音楽学校の下級生指導に

慈母の眼差しは

欠片も存在しないことが見て取れます。

いつから、誰によって、何のために

このような左翼的罵倒・虐待の手法が

下級生指導のシステムとして採用されたのか



(宝塚を卒業した歴代の先輩の方々に、

フェルマータやドーナツに類する行為が

「自分の時代はあった、なかった」

ということを

順番に証言してもらえば、

誰が、いつ、

そういう

左翼的で不気味な制度を始めたのか

一目瞭然にわかるはずです。)




それを明らかにすることが

清く正しく美しい本来の宝塚音楽学校に

立ち戻るための第一歩になると思います。


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多聞兵衛