残心でマリーシアを打ち砕け

応援クリック↓


人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村



よろしくお願いします。




以下の文章は、

山中秀夫著


「滅びゆく現代剣道(星雲社)」から

抜粋引用しました。




前略

歴史と伝統を誇る早慶戦は、

かつて学生剣道の華と称された。

ゆく夏を惜しむ初秋のころになると、

道場内の緊迫した雰囲気が

道場付近の町の空気をも一変させ、

大会当日、観客の中に、

およそ剣道とは縁のない学校付近の住民の姿や、

行きつけのバーのマダムの

真剣なまなざし等をも見つけたものであった。

さらに、九州、北海道など

遠隔地出身の選手の親類、

身内の応援者たちの多くが

年中行事のように上京してきた。

選手の一心一打は観戦者を熱狂させ

深い感動と満足を与えた。

そこには生命の燃焼の美しさと

若者の溌剌とした

魂の輝きがあったのである。

残念ながら、

今の早慶戦にはこれがない。


後略

▲以上、引用終わり。

ということで、

テニスの伊達公子もそうなんですが、


「日本には

テニスが、サッカーが、スポーツが

文化として根付いてない」


みたいなことを

「したり顔」で言う人がいます。


こういうことを言うスポーツ選手は、

伊達公子が

反日朝鮮人スポーツライターの

金子達仁に

洗脳されていたように、

多くの場合、

身近にいる馬鹿なスポーツライターの

受け売りの場合が

ほとんどだと思いますが、

言ってることがおかしくないでしょうか?


テニスもサッカーもラグビーも

英国で生まれ(近代スポーツとしては)

欧州に広まり、

その後、

日本に伝わってきたのだから、

欧米に比較して

それらが生活の中に根付いている

その程度において

日本が欧米に劣っていても

ある意味、当たり前です。

むしろ逆に

日本人が

深刻な問題意識を持つべきなのは

日本生まれのスポーツ競技

もしくは武道である

剣道や柔道や空手や相撲が何故、

(冒頭に引用した文章にあるように)

かつてはそうだったにもかかわらず

今現在は

多くの日本国民の生活の中に

根付いたものでなくなってしまったのか

ということではないでしょうか?


それは言うまでもなく、

日本が大東亜戦争で敗れて

連合国に占領されていた時に、


「武道が国民の生活の中に

溶け込んでいたために戦争が起きた

武道が日本の軍国主義の温床となった」


というふうに決めつけられ、

それらのものが

日本人の生活から徹底的に排除され、

その後遺症が今も続いてるためです。

(そして今現在も

かつての占領軍の残滓のように

日本の反日スポーツライターたちは

日本の競技スポーツから

武道的な精神性を去勢すべく

活動しています。)


私は

サッカーやテニスやラグビーに

日本の若者の人気が集まることが

良くない等とは思いません。

むしろ個人的には

ラグビー、サッカー、バレーボール、

野球、テニス、卓球その他が

大好きです。


(日本代表とトップリーグの観戦だけですが)

しかし、

欧米におけるラグビーやサッカーや

アメフトや野球がそうであるように

我が日本においては

柔道、剣道、空手、合気道、相撲等

日本で生まれた武道・スポーツが

最も日本人の生活の中に文化として

深く、色濃く、

溶け込んでいるのが

最も健全で自然で

望ましいと思いますし、

あるいは、

欧米生まれの

野球、サッカー、ラグビー等の

スポーツにおいても

日本人が行う限りは、

「武道的な精神性」が

それらのスポーツの中に

強固に根付いていてこそ

真に日本人が未来を切り開いていく

その力が最大限に健全に

維持されると思うのです。


サッカーに詳しい方ならよくご存じのように、

日本の馬鹿な

スポーツライターの口癖の一つに


「日本サッカー、

サッカー日本代表には

マリーシア(ずる賢さ、抜け目なさ)が

足りない」

というのがあります。

(ジーコなんかも言っていますが、

外国人は日本の歴史や文化に関して

知らないので仕方がないでしょう)


しかし、

私に言わせればそんなことは

「当たり前」です。


何故なら、

近年のスポーツマスコミも

サッカー指導者の多くも、

「サッカー、スポーツの楽しさ」

「サッカー、スポーツを楽しむ」

という部分だけを強調し、

「競技スポーツには

レベルが高くなるにつれて

恐怖感さえ伴う闘争

という側面がある」

ということを

日本の子供たちに

教えていないからです。


ブラジルの

貧しく過酷な生活環境における

生存競争で

生き残るための知恵が

「マリーシア」であるなら、


我が国には、

「命のやり取り」という

究極の闘争である

武道の真剣勝負から生まれた

「残心」という

美しい概念があります。

「残心」とは、

「真剣勝負において

敵を倒した際、

あるいは

自分の技が完全に敵に決まった後も

油断することなく

次の攻守に備える心構え」

を意味します。


(武道における残心とは、

技を決めた後も心身ともに

油断をしないことである。

たとえ相手が完全に

戦闘力を失ったかのように見えても

それは擬態である可能性もあり、

油断した隙を突いて

反撃が来ることが有り得る。

それを防ぎ、

完全なる勝利へと導くのが

残心である。)


日本人スポーツ選手が

世界と戦う際に不可欠なものは、

外国製の

「マリーシア(ずるがしこさ、抜け目のなさ)」


ではなく、

日本武道の神髄である「残心」

です。

日本の国を代表する

全ての日本人スポーツ選手の皆様

よろしくお願いします。


応援クリック↓


人気ブログランキングへ

にほんブログ村 政治ブログへ
にほんブログ村



よろしくお願いします。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント